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先生方の思い出

外国人の先生方の思い出です。(書いたのは多分2002〜3年頃です)


G・キシュ先生

私の人生を変える意識改革をして下さった方です。。
劣等感の泥沼で息も出来ない状態でいた私に、
才能はある、と、繰り返し言って下さり、
可能な限りの努力をしなさいと、懇々とお説教して下さいました。

「才能は神から授かるもので、自分のものではない。
それを与えられた者は精一杯の努力をして、それを生かす義務がある。
可能な限りの努力をして、その義務を果たせば、
君は、心安らかに死ぬことが出来る。」と、
「死」まで出てくるお説教でした。。

恩師であり、恩人です。
可能な限りの努力・・・とはとても言えないのですが・・・
でも私なりに頑張って生きてきて、
今、少しは音楽を学ぶ人達のお役に立っているのではないかと思います。。

’86年1月のヤマハ主催のリスト音楽院セミナーで出会い、
その後東京にお住まいだった先生のご自宅へ2年半通いました。
(回数は少なかったですが。)


武蔵野のゲストハウス(桜台)に通ううち、
ご長男の坊やはどんどん大きくなり、3歳くらいから
お父様、キシュ先生の手ほどきでピアノを始められました。
使われていた楽譜は日本製の「こどものバイエル」でした。(^^)



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P・ショイモシュ先生

ラントシュ先生の先生であるこの先生は、ショパン国際コンクールなどの
審査員などもされています。、
上記の次のリスト音楽院セミナー(’87年11月)の時、
ヤマハのアベニューホールで直接レッスンを受けました。
ラントシュ先生に習っています・・・というと、
「では、私の”孫”だね。」と微笑んで言って下さいました。

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I・ラントシュ先生

’86年終わりか’87年初め頃から’89年秋まで札幌で師事し、
’99年のキタラ主催のリスト音楽院セミナーでも、レッスンを受けました。
根本的な、大事なことを、沢山沢山、教えて頂きました。
特にペダルに関しては目から鱗の凄いことが色々ありました。

’99年の時、私はその直前に日本クラシック音楽コンクール本選の審査員をしたばかりでした。
自分が点数を付け、講評用紙にアドヴァイスを書いた受験者の皆さんと一緒に、
今度は、このセミナーのオーディションの受験者になる・・・・というのは、
ちょっと言葉では説明できないくらい、精神的にキツイ事でした。


周囲はほとんど学生さんや20代前半くらい・・・
ラントシュ先生に、「勉強したくてオーディションを受けました。
でも、皆さんとても若いです。
私がこんな歳で参加するのはおかしいですか?」とお聞きしたら、
先生は「一体なんで?どうしておかしいんだ?
勉強するのは自然な事(natural)だ。」と
キッパリしっかり、言って下さいました。

レッスン会場はキタラの大リハーサル室でした。
ピアノはもちろん、小型パイプオルガンまであり、
かなりの広さで、オケや合唱団の練習に使われます。
レッスンの途中からラントシュ先生が
もう1台のピアノで一緒に弾いて下さって、もちろんソロ用の曲なのに
(ラフマニノフのプレリュード数曲)まるで、最初からアンサンブル用に
書かれた曲であるかのように、自然に、ぴったりの息で、
合わせながら私を引っ張って下さって、背筋がぞっとするような感動でした。
(合わせながら引っ張るって、矛盾してると思いますか?可能なんです。)

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A・ディエフ先生

’91年に公開レッスンを受けました。
国際コンクール優勝歴のある、モスクワ音楽院の先生です。

最初に一度通して演奏した後、なんとディエフ先生が、
「ブラヴォ!」と言って下さったお声が、ビデオに入ってます。

でも、「ブラヴォ!」と拍手を先生から頂いて始まりながら、技術的には、
非常に重要な事を教えて頂き、その事が、後に私が生徒によく言う
「腕と体を別々に」という事に発展していきます。

後に、ヘゲデューシュ先生の手指の指導を実現する為に
非常にプラスになりました。
1回だけレッスンを受けた外国人の先生は多いのですが、
この先生のレッスンは、本当に重要でした。

そして、最後はなんと文字通りの「共演」をさせて頂きました。
波を渡るパオラの聖フランシスに伴奏をつけて下さったのです!
指揮者のような感じで動きながら、一緒に弾いて下さり、
初めて合わせるのにぴったりの息で、私の方も引きずられて盛り上がり、
最後の和音の所など、顔を見合わせながら、大胆に溜めて、
ラストの長い和音はオクターブのトレモロで伴奏をつけて下さって
凄くスケールの大きな、オーケストラ的なフィニッシュ!

レッスンだというに、客席の聴講の皆様も大変盛り上がり、
演奏会のような熱い拍手を頂きました。
凄い方でした。



後日、主催者さんから伺ったお話です。

私自身と複数の私の生徒がレッスンを受けさせて頂いたことで、
私がどういう指導をしているかもお分かりになったようで、
「生徒さんたちを見ると分かる。あれは先生が凄い。凄く才能のある人だ。」と
主催者さんに言ってくださっていたそうです。

面と向かってではないので、多分、お世辞ではなく、
本当にそう思ってくださったのではないかな・・・と、
素直に、有難く思いました。




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