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知られざるリスト
野谷恵
誤解されがちなリストを弁護するべく(?)、
彼について色々書いていきます。
野谷恵
1)良き指導者としてのリスト

2)他の作曲家への貢献

3)シャコンヌをリストが編曲していたら??

4)リストは技巧派?
〜リストの易しく美しいピアノ曲〜
野谷恵

1)良き指導者としてのリスト
野谷恵
リストと同時代の大作曲家のレッスン風景として、、、
「彼は弟子の前で天使のように弾いて見せ、”こういう風に弾きなさい”と言った。」
という逸話が残っています。
見せられただけで、同じに弾けるでしょうか??

リストは言葉でしっかり説明することのできる先生だったようです。
その証拠に、彼は、主にピアノの先生方を対象に、多くの公開講座を開きました。
言葉で沢山説明できなくては、公開講座は成り立ちません。
その講座は、なんと、いつも無料だったそうです!
要するに世のピアノの先生方を「啓蒙しよう」としたわけです。

晩年のリストは大作曲家、大演奏家であるだけでなく、偉大な指導者でした。
ヨーロッパ各地からリストの指導を受ける為に演奏家やピアノ教師が集まりました。
リストの教えを受ける事は一種のステータスでしたが、それは、ただ単にリストが
「有名だったから」ではなく、やはり「素晴らしい指導で生徒を伸ばしたから」と考える方が
自然な気がします。

ハンガリーのブダペストとドイツのワイマールに、リストが礎を築いたリスト音楽院があります。
教育だけではない「啓蒙」に力を注ぎ尽力した、偉大な指導者であったリストらしい、業績の一部です。

ちなみに、私はブダペストの方のリスト音楽院出身の先生方、4人に学びました。
キシュ先生には2年少々(東京にお住まいだったので回数はあまり多くありませんが)、
ラントシュ、ヘゲデュシュ各先生には札幌で3年づつ習い、ラントシュ先生の先生である
ショイモシュ先生には1度だけ、リスト音楽院セミナー(ヤマハ主催)の時に習いました。

実は、それぞれの先生方の源を辿っていくと、なんとリストに行き着きます。
ハンガリーの有名な先生方は、皆さん、「リストの弟子」(もちろん何代も後の)ということに
なるのだそうです。でも・・・・教え方も内容も、何代も経つとそれぞれ違いましたから、
結局、ハンガリーの有名な先生方の何人に習っても、リストがどう教えたのかを、
そのまま知ることはできないわけです。
ただ、共通点は、どの先生も、大変「具体的」でした。必ず、具体的に、良くなる方法を
はっきりと示して下さいました。
それこそが、もしかすると、「リストのレッスン」の特徴だったのかもしれませんね。



2)他の作曲家への貢献
野谷恵
バッハやベートーヴェンのような大作曲家から、後に娘婿となるワーグナーまで・・・。
様々な作曲家の作品をピアノ曲に編曲したリストは、演奏旅行したヨーロッパ各地で、
それらをプログラムに入れて演奏しました。
テレビもラジオもCDもない時代に、多くの作曲家の様々な作品を世に広めるということに、
彼は、大変大きな貢献をしました。

伝記によっては、リスト自身の曲を弾くより、他の作曲家の作品の編曲を弾く方が、
評判が良く需要があったからだ、と書いてあるものもありましたが、どうでしょう??

若い頃は貴婦人達を失神させたスーパースター、後には全ヨーロッパに君臨したと言える
大ピアニストにして大作曲家・・・誇り高きリストが、そんな理由で他人の曲を弾くでしょうか?

そうではなく、現代のような媒体のなかった時代に、色々な作曲家の作品を紹介することで、
世の中と、そして、「音楽そのもの」に貢献したのだと、素直に考えたいです。

また、作品の紹介にとどまらず、彼は若い作曲家達を評価し、励ますことで、
その成長を助けることすらしていました。
以下はいずれも、本からではなく、ハンガリー人の先生方から直接伺ったエピソードです。


グリーグが、1869年、リストの招待で、ローマ滞在中のリストの元へ出向き、
ピアノ協奏曲 Op.16と、ヴァイオリンソナタ Op.13を見せた話は、
複数の伝記にあります。
リストはどちらも初見で弾きながら、具体的に、どこがどう良いのかを、
グリーグと周囲の人々にレクチュアし、非常に高く評価し賞賛したそうです。
その時が初対面のような印象に書いてある本もあります。

でも、実は、それが初めての出会いではなく、その4年前、やはりローマで、
既に会っているのです。
知り合ったということだけは、書いてある伝記はありますが、
先生が教えて下さったエピソードは、多分、その時のことと思われます。

若きグリーグ(22歳)は、既に大作曲家であったリスト(54歳)から、
「才能はある。しかし作曲法の勉強は足りない。頑張りなさい。」と
励まされたのだそうです。
グリーグは、その後、猛然と勉強し、ほんの数年で長足の進歩をして、
かの有名なピアノ協奏曲を書いたとのこと。

グリーグのソナタ ホ短調 Op.7を演奏した時、ヘゲデューシュ先生から伺った話は
あまり知られてはいないようですが、確かに、未熟な作品とされるソナタOp.7と、
ピアノ協奏曲Op.16は、大して作品番号は違わないのに、作品としての充実振りは
全くレベルが違います。

この時は、ジョイント形式の演奏会で、私がこの曲を弾くことは決まっていたのですが、
リサイタルの曲目には入れない方が良い、とのアドヴァイスでした。
「これはまだ、彼がリストに出会う前の曲だから・・・。」という理由で。
つまり、彼がリストに出会わなければ、私達は、あの協奏曲に出会えなかったのかも・・・・。
そう考えると、リストのアドヴァイスは、大変大きな実を結んだわけですね。


今度はサン=サーンスのお話・・・。
動物の謝肉祭を1台のピアノとエレクトーン用に編曲したもの(難しかった〜!!)を、
1ヶ月と少しの短期間で仕上げなくてはならず、ソロも30分以上用意するという事で
とても大変だった時、キレ気味の私に、ラントシュ先生が話して下さった事です。

サン=サーンスは、リストの前でこの曲を演奏し、聴いてもらったのだそうです。
リストの所へ出向き、もちろんオーケストラとではありませんが、友人達の室内楽を伴奏に
この曲を自分で演奏したのだそうです。
リストはとても喜び、大変賞賛したとのことでした。

いいお話を伺って、その日は、ちょっぴり元気になりました。
リストに褒めてもらったのは、サン=サーンスで・・・私じゃないんですけどね・・・。




3)シャコンヌをリストが編曲していたら??
野谷恵
シャコンヌを弾いて、ブゾーニの編曲に文句をつけていた、大胆不敵な(笑)生徒がいるのですが、
ナカナカ面白い意見を色々言ってました。

特に印象的だったのが、「リストが編曲してたらよかったのに」という言葉。
なるほど〜!そうよね〜!!っと、その場で大賛成して、後でよく考えたら・・・・
リストがシャコンヌの編曲を手がけても、その生徒の望むような、
聴かせ方を心得た装飾はしなかった、と気付きました。

リストは編曲の達人で、非常に多くの作曲家の作品を編曲しました。
バッハの作品も、数多く編曲しました。
でも、、バッハの作品に於いては、他の作曲家の作品を扱ったときとは違う、編曲の特徴がありました。

ほとんど変えないのです。つまり、リスト・オリジナルの音を付け加えない。

何故か・・・リストはバッハを尊敬していたから・・・と、ラントシュ先生がおっしゃっていましたが、
結局、そうとしか考えられないほど、バッハだけが、特別扱いです。
他の作曲家の作品なら、例えばワーグナーの曲等は、私も実際弾きましたが、
凄い変え方で、ポイントを拾って、作り変えると言った方が近いような編曲振り。

でも、バッハは、オリジナルな音を加えずに、オクターブを変えたりユニゾンを使う等して、
実にうまく、ピアノで弾けるように編曲しています。
ということは・・・・シャコンヌを編曲しても、ブラームスの編曲に近い感じになってしまう。
それで、手がけなかったのでしょうね。

リストさえ特別扱いするほど・・・それほど、バッハは偉大だったわけです。




4)リストは技巧派?〜リストの易しく美しいピアノ曲〜
野谷恵
リストの曲は派手で技巧的・・・というイメージがあります。
「技術を見せる為の曲」等といわれることも実際にあります。
リストに対する最大の誤解と思う点です。

確かに練習曲など、技巧的な曲はありますが、練習曲の中にさえ、
(沢山の音に埋もれたいくつもの美しい声部の絡み合いを表現できれば)
素晴らしい音楽が隠れています。まして、宗教的な作品や、
他の分野の芸術作品にインスピレーションを得て書いた作品などは、
本当に精神的に深く、感動的な曲が沢山あります。

また、リストは非常に多作で、眩暈がするほど膨大な作品があり、
静かな曲、易しい曲も実は沢山あります。
ここでは、リストの、技巧的には易しい曲の中から、
美しい曲や、精神的に深い曲を、幾つかご紹介します。


ノクテュルヌ「夢の中で」Nocturne En re've は、比較的有名な曲です。
題名通り、夢見るように儚げで、長いトリルがさらに繊細な雰囲気を醸し出す
非常に美しい曲です。2ページ程の長さです。

ロマンス Romance は、何故あまり知られていないのかが、
本当に不思議なくらい美しい曲です。4ページくらいです。
この曲について詳しく知りたいとのご質問が掲示板にありましたので、
そのお返事をここに追記します。

Malinconico espressivoの指示がある、切なく感傷的な曲ですが、
最初は単旋律で現れるメロディーが途中からオクターブになってpiu agitatoの盛り上がりも見せます。 
音符の数は多くはありません。 
形は大ざっぱに言うと2部形式にコーダがついたもの。 
細かく言うと、最初、2小節のアルペジオのイントロがあり、 
ホ短調の8小節のAが2回繰り返された後、
ト長調とト短調を行き来してホ短調に戻るBがあって・・・・
・・・・でも、こういう「詳細」をいくら書いても、この曲がどんなに美しいかは表現できません。 

音楽って・・・言葉では絶対伝えられないですよね。 
詳細よりは、「とてもきれいです。」とだけ、言いたくなるような曲です♪ 

楽譜は、十数年前には日本の出版社の曲集にも入っていたのですが、 
それは今は絶版になっているので、外国版の取り寄せになると思います。 


同じロマンスでも、忘れられたロマンス Romance oublie'e の方は、
孤独で切ない感じ・・・・。
ロマンスの甘い美しさに比べると少し地味なようにも感じますが、
その切なさを感じて弾いて頂ければ、美しさもお分かり頂けると思います。
元は室内楽曲でした。これも4ページ程です。

オペラの編曲作品は、死ぬほど難しい(笑)曲が多いのですが、
ワーグナーのオペラ「ローエングリン」からの編曲作品である
エルザの夢 Elsas Traum は、技術的には容易です。
ただ、実際のオペラでは長い場面を、たった3ページに凝縮したという
内容の濃さや多さがあり、音楽的には、まとまりよく弾くのは、
少々難しいかもしれません。
(でもとても美しい曲です。オール・リストのリサイタルで取り上げました。)

5つの小品 Fu"nf Kleine Klavierstu"cke は、音楽的にも理解しやすく、
意外な美しさがあり、「え?これがリストの曲?」と思われるかもしれません。
派手ではないけれど、魅力ある曲集です。
恋愛関係にあったと思われる、才能あるピアニスト、マイエンドルフ男爵夫人のために
書かれたとのことです。5番だけが3ページ程で、他は1〜2ページです。

有名な曲でも、慰め Consolations の1番や2番は技術的に簡単で、
しかも美しく、2番等は有名な3番より美しいかもしれません。
1番は1ページ、2番は3ページほどです。


晩年には僧籍を得て、常に僧衣で姿を現したリストを考える時、
欠かす事のできない宗教性、神への祈り・・・。

宗教的作品は意外と技術的に易しい曲が多いのですが、
精神的には深く、華やかさや甘さからは遠いものがほとんどです。
でも、それぞれに深い祈りがあり、アヴェ・マリア Ave Maria 
(複数ありますが、一番短い2ページの作品)や
聖ドロテーア Sancta Dorothea(これも2ページ)のように、
清らかさに満ちた曲の中に、リストの意外な横顔を見出せます。


最晩年のピアノ曲は、技術的にはさほど難しくはありませんが、
涙も枯れたような静かな哀しみや、
(近代音楽の和声に影響を与えた)改革的な調性感による
不安定さや不穏な雰囲気などがあり、
演奏するのは精神的に難しい部分があると思います。
灰色の雲 Nuages Gris は比較的有名ですが、他にも
諦め Resignazione 、瞑想 Recueillement など、いずれも短く、
1,2ページの曲ですが、意味深くやや重い、大人の音楽です。

ここでご紹介したのはごく一部ではありますが、
興味を持たれた曲があったら、是非、弾いてみて下さいね。
(文字の後の"はウムラウトです)

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
その後、読者の方からの情報で分かりましたが、現在、「Romance」は、
外国版でも絶版になっていて楽譜が入手困難だそうです。
東京文化会館資料室で閲覧することができるようです。
Hさん、ありがとうございました。



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