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音楽つれづれ・1

ふと思いついた音楽ネタを書き綴る
ショートエッセイ集です。(2002〜3年)

1)You can

2)別府アルゲリッチ音楽祭

3)貧しい人の為のショパン

1) You can

私はあまり譜読みの速い方ではありません。1ヶ月と少しくらいの期間で、ソロのプログラムを
30分以上と、サン=サーンスの動物の謝肉祭を弾かなくてはならなかった時、
本当に、生きた心地がしませんでした・・・。

教える方の仕事を減らして(つまり、収入を減らして)、必死に練習しても、なかなか仕上がらず、
毎日、いらいらヒリヒリ、神経が逆立っている状態で過ごしていました。

半分キレているような状態でレッスンに行って、うまく弾けなくて、
「時間が足りません!私にはできない!!」と言ってしまった時・・・
ラントシュ先生は、教会の神父さまのような、穏やかな、落ち着いた声で、
ゆっくりと一言おっしゃったのです。

”You can.”と。

あくまでも、穏やかに、落ち着いて、「君は、出来る」と。
とてもシンプルな言い方・・・。

「君なら、できる」とか、「君こそ、できる」とか、そんな大げさな感じでは全然無くて・・・
ただ、「できるよ」っていう感じ。

とてもシンプルに、ただ、「君は出来る」と・・・。

まるで、一流の催眠術師に「あなたは眠くなる・・・」とでも言われたように、
なんだか、「できるのかも・・・」と暗示にかけられたような気がしました。

結局、なんとかできたのは、あの、”You can.”のお蔭と、レッスンのお蔭です。




このHPのメインコンテンツとなっている解説文の「オール・リスト・プログラム」の時、
実は、最初は、ダンテを入れるつもりはありませんでした。

ピアノをなさる方は、この「オール・リスト・プロ」が、かなりハードなものだと、
お分かり下さると思います。

最初は、「ダンテを読んで」の代わりに、「オーベルマンの谷」を弾くつもりでした。
でも、ラントシュ先生が、絶対ダンテを入れた方が良いとおっしゃって・・・・。

「超絶素直生徒」(吸収のための積極的素直さ)だった私でしたが、
想像するのも怖ろしい、あまりの大変さに、
「このプログラムの中にダンテを入れたら、私は死んでしまいます。」と反抗しました。

でも、この時も、”You can.”と・・・・・。

軽くはなく、ちょっと重々しく厳しい”You can.”でした。


結果的に、先生の仰るとおりのプログラムにして、正解でした。
「ダンテを読んで」は、入れるべきでした。終わってから分かる、先生の凄さ・・・。

ダンテが入ることで、プログラムは締まり、私はそれまでより力がつきました。



ラントシュ先生のレッスンは、怖くはないのに、基本的な部分では厳しいものでした。

これは、当時、教育大の学生として先生のレッスンを受けていた年下の友人も言っていました。
「テンポ感のこととか、ゼ〜〜ッタイ許してくれなかったですよね〜!」とか・・・。

もう学生ではなく、30歳過ぎた大人で、プライベートレッスンを受けていた私にも、厳しかったです。
でも、しっかり、認めて下さっていました。

私は本当に、「学生より学生らしい」気持ち・・・というか、凄く素直に、学びたい一心で、
せっせと通っていました。「学生」ではないけど、「生徒」という意味の、Student のつもりでした。


ラントシュ先生が任期を終え、交代される頃、教育大での先生の公開講座を聴きに行きました。

その時、ラントシュ先生から、後任のヘゲデューシュ先生を紹介して頂いたのですが、
ラントシュ先生は、ヘゲデューシュ先生に対して、「ノタニさんだ、私の生徒だ。」と、
おっしゃるとばかり思ったら・・・・・
「ノタニさんだ、とてもいいピアニストだ。」とおっしゃったのです。

・・・・・・もったいないやら、恥ずかしいやら・・・。

ラントシュ先生はその後リスト音楽院の学長になられ、ヘゲデューシュ先生は
国際コンクール優勝の、おふたりとも本物の、「世界的演奏家」・・・・。

そのお二人の前で、「ピアニスト」だなんて、とてもとても・・・・・。
でも、、嬉しかったです。


レッスンは厳しかったけれど、ずっと、精神的に支えて下さったラントシュ先生は、
教会の神父さま以上に、私の心の拠り所でした。

3年滞在された札幌を離れられる時、あまりに辛くて、お見送りに行けなかったくらい・・・・。
(でも、フシギと、恋愛っぽい感情は、全然なかったのですけどね・・・(^_^;))


私はそこまでの、神父さま・・じゃない、シスター?のような先生には、なれません。
マザー・テレサとか、そういういうキャラクターでは、ないです。

そういう事は無理だけれど、でも、私に出来る範囲で、出来ることを精一杯して、
生徒を育てる先生でありたいと、思っています。





2)別府アルゲリッチ音楽祭

教育TVで、別府アルゲリッチ音楽祭が放送され、ラヴェルのピアノ協奏曲ト長調を
聴くことができました。

演奏は本当に素晴らしい・・という言葉では足りない豊かな音楽・・・。
自由奔放・・・・とよく言われるけれど、我侭な自己主張ではない自然な表現・・・。

元ご主人のデュトワが、さすがよく理解していると感動する発言をしていましたね。

でも、ご本人、アルゲリッチの音楽についての発言が、本当に、
私の考えていることを鮮やかに言葉にしてくれたようで、それもまた、演奏に劣らぬ感動でした。

  上質な(素晴らしい)音楽というものが、既にそこにあるのだから、
  それを伝える為に最善を尽くすだけ・・・。
  それだけで、音楽は、素晴らしい。


アルゲリッチは,、私が会ってお話した14歳の頃(雑誌に掲載されたのは15歳ですが)に
とても強く感じた、たまらなく魅力的な、スケールの大きな「 自然さ 」を、
やはり今も持ち続けている人でした。演奏だけでなく、雰囲気も、言葉も。

あれ程の人が、音楽は音楽そのものが素晴らしいんだから、
ただ、それを「 伝える 」ために最善を尽くせばいいのよ・・・と。

これは、演奏する人間の姿勢として、最も美しいと私は思います。

自分の個性を出す為や自己表現の手段として音楽をするのではなく、
ただ、「 素晴らしい音楽を伝える為に、最善を尽くそう 」という考え方。
(もちろん、そう考えても、自然にその人の個性は出るわけですが・・・)

多分、作曲家の方は、違うと思います。ご自分の世界を生み出す為の努力、
「新しいものを作る」という意識、「個性」を際立たせる事も重要でしょう。

でも、演奏は・・・・・・・。
素直に、自分の弾いている曲、その音楽の素晴らしさに感動し、
その音楽の素晴らしさを表現するための手段を学ぶ、考える、あるいは感じようとする・・・。

そこにあるのは、自己主張や自己顕示欲ではなく、音楽という大きなものの価値を
素直に認め、理解する、敬虔で、真摯な姿勢です。

「 自由奔放 」といわれる大ピアニストがそう語ったことに、
私は深く感動し、これからも、「 音楽の素晴らしさ 」を、
少しでも良く伝えるための演奏と指導をしていこうと、心から思いました。




3)貧しい人の為のショパン

内容が内容なので、先生のお名前は伏せます。
(私が長く師事した外国人の先生は、3人とも東欧人です。)

私が、ある入場無料の、でも大きな演奏会に出演が決まった時、
私は最初、ラフマニノフとスクリャービンの近代ロシアものを並べようと考えていました。

でも、当時習っていた外国人の先生に、そのことを話すと反対されました。

 「有料の演奏会なら、何を弾いてもいい。
  聴きたいお客さんだけがチケットを買うから。

  でも、入場無料のああいう演奏会は、音楽は好きだけど、
  チケットを買えない貧しい人達が 楽しみにして聴きに来る。
  そういう人達のことを考えなくてはいけない。

  そういう人達は、あまり沢山演奏会には行けないから、こういう曲は知らない。
  でも、ショパンなら、知っている。ショパンを弾きなさい。」

当時の日本に、「貧しくてチケットを買えない」という人達が、
実際に、どれくらいいたのかは問題ではなくて・・・・・

真剣に仰る先生のお気持ちの、その純粋さが伝わってきて、
反論する気持ちはまったく起きませんでした。

先生の言う事を聞くべきだから聞く・・・などという感覚ではなく、
そのお気持ちに感動して、納得して、
私は、全く弾くつもりのなかったショパンを弾きました。

後年、東欧に長く留学した知人から、
東欧の「貧しくてチケットを買えない」人々の様子が聞けました。

平成不況とはいっても、まだまだ豊かな日本に住んでいる私達に
東欧の貧しさは、想像を絶する厳しさのようです。

レストランで食事をすると、いつも、お店の人の目を盗むようにして老人達が近づいてきて、
「それは、もう食べないのか?」「もらっていいか?」等と聞いて
残り物を、ビニール袋に入れていくそうです。

「どうするのか?」と問うと、「家で煮てスープにする。」と言って
鳥の骨などまで持って行くとか。

貧しさ故の犯罪も多く、日本からの留学生等は、ほとんど必ず、
盗難の被害に遭うそうです。

学校からピアノが盗まれるって、想像できますか?
もちろん外国へ運び出して売るわけです。

そういう国に生まれ、生きて、演奏活動をされる先生が
「 チケットを買えない貧しい人々 」の為を考えるお気持ちは、
私には、完全には分かっていないかもしれませんが・・・・
それでも、あの時、深く胸を打たれ、今でも忘れられないことです。。





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